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世界一受けてよかった授業。

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僕は立命館大学の国際関係学部を出たのだが、 一度だけ、シンガポールで就労ビザ待ちの時に、 国立大か早慶じゃないからと通らなくて、困ったことがあった。 でもそれ以外は、本当に立命館を出てよかったといつも思う。 サークルも京大、同志社、立命のインカレだったが、 やっぱり立命の人たちと仲良くなることが多かった。 留学や休学のサポートや、授業なども学生想いで、 龍安寺の目の前が学部の裏なんて、素敵な立地だった。 とてもオススメだ。 話がそれたが、その立命館でこの授業は本当に受けて良かった…と思うものがある。 僕は社会人になってから、自然とこの授業を実践していたと思う。 今日はその話をしようと思う。 大事なのは、やっぱり人間関係。 もう嫌ってほど皆が言っていると思うが、 やっぱり世の中で人間関係をうまくやっていける人は、 人生もうまくいく。 僕は、決して話し上手だったわけではない。 人付き合いも、そんなに好きじゃない。 (なかなか信じてもらえないけど) 立命時代も、個性が強すぎる関西人ばかりが周りにいて、 いじられ倒されるのが嫌になって不登校気味だった。 そんな僕が、行きたくて行きたくて仕方がなかった授業があって、 それが確か、「リーダーシップ・プログラム」という授業だった。 国際関係学部の授業ではなく、遅い時間に、いろんな学部の生徒が集まって参加する授業で、 英語圏の講師によって、英語で行われた。 Win Winを考えよう。 授業の趣旨は、「Win Winを考えよう」という趣旨だった。 相手と話す時、自分ばかりが話すのではなく、 相手がどんな人物で、自分がどう貢献できそうか。 そういった視点で話題をふっていくのだ。 学生の時にそんなにうまくできるわけがないが、 意識するだけで良い。 僕はその後シンガポールの銀行にスカウトされるのだが、 その銀行で徹底的に教わるのも、 "Know What the Client Needs"(顧客がなにを必要としているのかを知れ)だった。 自分が得するためには、相手のニーズを知り、それに役立つ行動をおこす。 それを起こして出た結果の価値が高いほど、自分にも価値があとから返ってくる。 そういったことを教えてくれた、リーダーシップ・プログラムだった。 聞き上手であれ 僕は話す必要がない盛り上がっているような時は、全然喋らない。...

英語学習に必要なたったひとつの考え方

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 唐津の某飲食店の英語研修を受け持つことになって、初の授業をどうするか、考えていた。 唐津の飲食店の英語研修を任された話。 上記の投稿にも書いた通り、キクタンをベースに、実際に現場で使いたいフレーズを英語にし、徹底的にシャドーイングで真似てもらおうと思う。 使う機会が多いフレーズばかりになるし、実際に接客中使えるので、即メリットになる。お客さんの接客が捗れば、楽しくもなってくるし、もっと良くしたいとモチベーションが上がるのを狙っている。 でもその前に、今日は英語ができるようになる人とならない人の違い、考え方について話そうと思う。 初授業はこの話をしてから、キクタンの実践に入ろうと思い、メモ代わりに残しておく。 Growth Mindset vs. Fixed Mindset これは『 マインドセット 』の本に出てくるのだが、 たとえIQが高かったとしても、必ずしも結果を出し続けられるとは限らないのは誰もがある程度勘づいているはずだ。 この本によれば、グロース・マインドセットをもち「自分は成長していける」と感じている人は、フィックスト・マインドセットのように「自分の能力はすでに決まっている」と思い込む人と比べ結果を出しやすいそうだ。 英語の世界でも、できるようになる人達は、コツコツと日々少しだけ成長することに集中している成長マインドの持ち主だ。 「英語なんて難しい」「日本で英語なんていらない」「私はバカだから」などと英語を始めからそのように捉えて諦めてしまえば、その時点で試合終了だ。 良い質問は、「どうすれば、できるようになるだろう?」だ。 How do I... How do I...? これが鍵になる。 この考え方をもつのが、何よりも大事だ。 失敗なしではできるわけがない。 前にも話したことがある話だが、日本人が日本語をできるようになるのは、文法を学んだからではない。 赤ちゃんの時に、家族や周りの人に話しかけられ、それを真似しながら気づいたらできるようになっていた。 そうではない人はほぼいないはずだ。 赤ちゃんは、「ぱ、ぱー」や「まっまっ」などと、惜しい音を何度も言いながら、失敗しながら日本語を習得していった。 これは大人であっても例外ではなく、失敗しまくらないと、 「どうすれば、正しく発音できるだろう?」 「どうすれば、このフレーズを忘れずに身につけられ...

僕の人生を変えた本10冊!

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Image from Unsplash  大学3年生のとき、祖父が入院してその看病中暇なので本を読み始めた。 それまではあまり本を読むひとではなかったのだけど、 病院で本を読み始めたのをきっかけにたくさんの本を読んできた。 仕事でテーマに沿って本を紹介するコラムも任された時期もあり、 本を紹介するのは好きだ。 今日は僕が読んできた中でもっとも役立った本を紹介しようと思う。 僕の人生を変えてくれた、10冊の本 1.Atomic Habits 僕が新卒の頃は、『7つの習慣』が自己啓発のバイブル的な扱いだったが、 最近なら、(少なくとも英語圏では)その地位にいるのは、 『 ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣 』だと思う。 僕は、この本のほうが自分の人生にフィットしたし、全員が自分の行動に落とし込みやすいと思う。 事業失敗でどん底に落ちたメンタルを戻せたのは、この本を読んで、 「一日一回、HIIT動画をこなせば合格ということにしよう」 小さな良い習慣がより良い習慣を呼んでいった話。 とぐっと自分のハードルを下げてみたことだ。 そんなどうでもよさそうな習慣の積み上げでまさかこんなに人生が好転していくとは夢にも思っていなかった。 ひとつの良い習慣を続けることは、人生を間違いなく変える。 著者の週1のメーリングリストは端的に「今週の考えるべきこと」のようなテーマでさくっと気づきを与えてくれるため、 僕が購読している唯一の メーリングリスト だ。 この本が役立った僕のエピソード: 小さな良い習慣がより良い習慣を呼んでいった話。 2. The Long Game 『 ロングゲーム 今、自分にとっていちばん意味のあることをするために 』を読んで、 「力を抜いて、人生は壮大な暇つぶしだと考える」ようになったと思う。 人生は長いと考え、いまうまく行かなくても長い目で見れば、良い景色が見える瞬間がくる。 その景色は儚く消え、次の景色のために歩きだす。 人生はそれで良いし、本当にそんなものだ。 期待は災いへの道だと思う。淡々と、長いゲームを楽しめ。 この本をきっかけに、周りの言うことに左右されずに、 自分が興味をもったことを、10年、20年と長くやってみよう。 そう思えた。 この本が役立った僕のエピソード: 興味に従ってみて、起きたこと。 3. 苦しみの手放し方 この辺で日...

僕の英語の先生はアニメだった話。

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僕は8歳の時、神奈川県の横浜市からアメリカのサンフランシスコに引っ越した。 父が単身赴任でアメリカ入りしていて、家族一緒のほうが良いということになり、 母が仕事を辞め、アメリカに移住を決めた。 小学校2年生の夏休み、僕の生活は一変した。 長い夏休みの期間中、友達もいないなか、アルファベットを何度も書いて練習させられたのを覚えている。 英語が普通に扱えるようになるまで、それから2年ちょっと。 それまでは、かなりの地獄を味わった僕に英語を教えてくれたのは、アニメだった。 英語ができない、地獄の日々。 新年が始まる9月、学校では先生になにか言われてもまったく分からず困った。 初日のクラスでは、たまたま後ろの席が日本人だった。 彼が助けてくれたが、またクラスが変わるのでいつも日本人が通訳してくれるわけではない。 怖い先生も多い。言われてることが分からずもたついていると、問答無用でDetentionという罰則みたいなものをもらうこともあった。 日本でいう、バケツを持ちながら廊下に立たされるのと似ているのかもしれない。 ゴミ拾いなどをさせられたり、宿題が増えたりする。 先生に話しかけられるのを、びくびく怯えていた。 英語ができるようになったきっかけは、アニメ。 5年生になるまでは、かなり大変で周りがなにを言っているのかが分からない。 ストレス度はマックスだ。 放課後のアネックスという、課外活動のようなものにも親に入れられてしまい、小学生のわりには帰りも遅かった。 でもちょうど帰ってくると、ドラゴンボールとガンダムが英語で放映される。 どちらとも、日本で観ていたので内容を知っていた。それが英語になって地上波でやっていたのだ。 当時は今みたいな便利な環境ではなく、 父が家族の勉強のためにと字幕機を買っていて、英語や日本語の字幕が出せるようになっていた。 ドラゴンボールを観ていると、何度も観ているシーンが英語で話されるので、 少しずつ、「あーこういう時ってこう言えば良いのか」というのに気づき始めた。 毎日学校には行っているので、割とすぐ、そのフレーズを使う時が訪れる。 もしくは、周りが遣っていて、その音とアニメの音が一致するので反応できるようになる。 これが、英語ができるようになるきっかけであり、良い習慣が循環しはじめたスタートだった。 日本人の、日本語の学び方。 ここでちょっと考え...

英語力より、心が大事な理由。

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英語力も大事なのだが、それより大事なものがある。 英語力はコミュニケーション能力の根の部分に過ぎず、幹の部分は人間性だ。 英語は自分を伝える道具としてとても有効だ。 相手に自分の心の部分が伝わると、ぐっとくるというか、 たとえ、拙い英語だったとしても、通訳を連れてきてでも話を聞きたくなるものだ。 今日はそんな話をしようと思う。 Tokyo Fashion Weekにて。 僕は学生の時、シンガポールの銀行マンの通訳としてTokyo Fashion Weekに訪れていた。 関連: シンガポールの銀行にスカウトされた理由。 Fashion Weekのランウェーの入口でのことだ。 Welcome Drinkで、スパークリング酒が振る舞われていた。 「へー、スパークリング酒は海外の人がとても喜ぶだろうなあ」 と思いながらくいっと飲んだ。 とても上品で繊細で、ほどよい甘みもありおいしいと感じた。 僕はそこで知り合った人としばらく、話をしていた。 すると、その銀行マンが珍しく焦った表情でこっちに戻ってきて、 「Ryu、すぐ来てくれ。和服を着た男の人と話していたんだが、なかなか内容を汲み取れない。でも理解したいと思うんだ。彼からは、心を感じるんだ」 ”Hey Ryu, can you come over here? There is an elder uncle I was talking to. I want to understand what he is saying, but English issue. We can't understand what each other are saying, but I feel a "something" from him." すぐ着いていくと、そこには和服姿の、少し年配の男性が丁寧にスパークリング酒をゲストに渡していた。 その銀行マンが僕を紹介してくれて、若造である僕にも、一所懸命に話し始めた。 「そうか、ありがとう。私は、山口県の酒造の者で、地域の運命を担っているつもりで働いてきたんです。このスパークリング酒も私達が情熱を注いでつくったひとつの形でね。この味を知っていただきたくて、ここに来れる人たちに飲んでいただく機会を得たんです」 僕も、銀行マンと同じ感覚をもった。 和服姿や立ち振舞いで...

じいちゃんが教えてくれたこと。

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6月17日〜6/19は、僕にとってとても特別な期間で、 じいちゃんの誕生日と、奥さん(僕のばあちゃん)の命日、僕の誕生日と集中している。 そのため、自分の誕生日にどんな投稿をしようか悩んだ結果、 じいちゃんのことを書こうと思った。 僕はとても良い縁や経験に恵まれてきたと思う。 そのベースを作ってくれたのは、じいちゃんだ。 じいちゃんの教えをシェアし、僕の次の世代の人たちの小さなきっかけになってくれたら、 そんな良い誕生日はない。 与える人になれ 僕が大学生の時、ボランティア案内サークルの活動中、シンガポールの銀行にスカウトされた話を書いたことがある。 シンガポールの銀行にスカウトされた理由。 スカウトしてくれた人と僕には共通点があった。 彼はおばあちゃん子、ぼくはじいちゃん子だった。 共通していたのは、「与える人になれ」と教えられたことだった。 彼の実家はとても貧乏だったそうだ。 僕の実家は比較的裕福だった。 そのため、与えられ方は違った。でも彼も僕も、与える人の根幹の部分は、定着したと思う。 とても厳しかった。 スカウトしてくれた人のおばあちゃん、実はよく知っている。 でも今日は、僕のじいちゃんの話に絞ろうと思う。 じいちゃんは、しつけにとても厳しかった。 背筋をぴんとすることや、箸の使い方を習うのに、積み木を茶碗から別の茶碗へ移動させられたのを、とてもよく覚えている。 怒鳴られた記憶はない。でも善い行いには満面の笑顔でサムズアップ(親指を立てる、よくやった!のようなジェスチャー)、悪い行いには残念そうに顔をしかめる人だった。 アメとムチも上手だったんだと思う。 僕はあまりじいちゃんの教育を嫌だと思っておらず、終わるとユニーや横浜駅に連れていってくれて、欲しいと言ったものは基本かってもらえた。 (あまり欲しい物がないからかもしれないけど) 外国人に話しかけられていた、浴衣姿の女の子 僕は8歳の時に父の仕事でアメリカのサンフランシスコに引っ越し、じいちゃんとはあまり会えなくなった。 でも夏休みなどで一時帰国したときは、じいちゃんの家に泊まることが多かった。 横浜で花火大会があり向かっている時に、 欧米人が浴衣姿の女の子に話しかけていた。 お互い、困っているようだ。 じいちゃんは、「助けてやったらどうだ」と言うので、 英語で話しかけた。 確か、なんで浴衣を着ているのか...

GiverとTakerの見分け方

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  僕はふたつ、見ていることがある。 ひとつめ。当然と言えば当然だけど、GiverとTakerって考えていることが逆だ。 話題でどっちのパターンかが、次第に分かってくる。 まずひとつめは、その人の話題が、 自分に向いているか、周りに向いているかで分かる。 What can I do for you? What can I do for you?(私はあなたのために何ができるだろう?) この考え方の人は、Giverの人だ。 分かりやすいのは、5つ星ホテルやスタバのスタッフをイメージしたら良いのでは。 気が利く人が多く、 「そんなところに気がついてくれるんだ!」 「ちょっとした心遣いが素敵だな」 と思わされることが多いと思う。 それは従業員が周りをよく観察し、全体が心地よい場所であるよう、 自分ができることをする準備ができているからだ。 What can you do for me?(あなたは私に何ができる?) 逆に、Takerは自分にとってのメリットに重点をおいている。 もちろん、あからさまに「(私のために)〜して」とは言ってこない。 出てくる何気ない会話で、 自分が得することを考えているのが次第に分かってくる。 たとえ先輩や上司だったとしても、 GiverとTakerでは指示の仕方や頼み事も全然ちがう。 自分のメリットばかりを考えている先輩や上司にあたってしまったら、 それを我慢する必要はない。なるべく早く権限がある人に相談しながら、 距離をとる行動に移すと良いと思う。 不平・不満を言う人はTakerの可能性が高く、周りに期待しがちだ。 逆にGiverは周りのほうが大事で、不平・不満より心配・不安のほうが大きい。 「もっとよくできたんじゃないか」「困ってそうだけど声かけて大丈夫かな」 といったことを考えている。 GiverのふりをしたTakerが厄介 もちろん、GiverとTakerが混ざった人がほとんどだとは思う。 でも程度があり、どっち寄りかも、結局は話題を要約した時、 What can you do for me?の人か、What can I do for you?かに分かれる。 でも一見、あれこれとGiveするけど、自分が最終的にTakeするための人もいる。 日本語でいえば、ごまをすってくる人に近いと思う。 的外れな贈り物やおせっかいをしてくる人にも...