僕が失敗から得たもの。
はじめての事業に失敗して、人生をやり直した。
まず言っておきたいことは、「なんとかなった」ということだ。
この投稿を読んでいる人は、数年前の僕みたいに絶望してここに行き着いた人もいるのかもしれない。
そんな人に言えるのは、「人生はやり直せる」ということだ。
僕も同じような立場だったときに、いま僕がこれから書くような、「人生やり直せたから、いま絶望していても大丈夫」といった失敗から這い上がった人のブログをいくつか読んだ。
僕の反応は「いやいや、それはあなたがそうだった結果論で、いまの僕は終わりだ」って正直思った。
でもそれで諦めて人生終わりを確定させてしまうか、淡々と小さい習慣を見直して人生をやり直していくかの選択は、確実にあなたが握っているということ。
お金もない。事業は失敗。恋人にももう興味はないと言われ、家族や信頼していた人たちからも袋叩き。「人生最悪の日が来てしまった」と思っていた僕は、数年後「あの最悪だと思った日は、ある意味最高の日だったのでは?」と思えていた。
それは小さな習慣を積み上げたことで、考え方が変わったんだなと思えることだ。
潔くなる
大きな失敗をすると、潔くなると思う。
大きく失敗すると大変。やり直すにはやはり時間がかかる。
だからこそ、どうやって回避するかを考えるようになる。
小さい失敗で済むよう、小さく始めることを覚える。
自分を過信することもなくなると思う。
うまくいかないことだってあり得ると思いながら行動するようになる。
逆に、できることはやったのに失敗に終わるなら、しょうがないと潔くもなる。
これはひょっとすると、リスクを負って失敗に終わったことがある人にしか身につかない特権かもしれない。
世の中にあまり期待をしないほうが良いのだ。
自分にできることややるべきことを淡々と進める。
その結果をもとに、修正も加えながら、周りの反応も参考にはしながら、また淡々と過ごすのだ。
やらない理由を数えなくなった
やりたいことがあったとしても、行動しない理由はいくらでもある。
でも行動すると、なにか起きる。
失敗に終わるかもしれないし、不安になるかもしれない。
でもうまくいくこともあるし、ヒントが舞い込んでくることもあるのを知った。
正直言って、あの試行錯誤の段階、安心感はないし奇妙な心地悪い状態が続くことがある。
その時にやらない理由を数えてしまうと、不安は増殖するばかりだと思う。
逆に不安だからこそ行動を起こしてがむしゃらに動いてみると、いつの間にか一段落することがある。
人生はその連続だし、それにこそ価値があると思う。
僕の周りにも、あなたの周りにもやらない理由を数える人が必ずいる。
その人達は自分が動けないから、あなたに動いてほしくないのだ。
そういう人とは付き合うのを辞めて、行動するのを影で応援してくれる人を大切にしたほうがいい。
必ずそういう人もいるから。それは日々の自分の何気ない行動の蓄積が信頼を生んで、いつの間にか影のサポーターになってくれているイメージだ。
大事なのは、どうすればうまくいくかだ
僕が一度事業に失敗してやり直していく中で学んだことは、「うまくいかないことは絶対にある」ということだ。
うまくいかなかったとしても、うまくいくように試行錯誤したり粘ったりしてみることが大事だと言うこと。
試行錯誤して無理なら、それは無理だ。切り替えれば良い。時が経って別のアプローチが見つかれば、再チャレンジすることだってできる。
それくらい失敗を気にせず、行動を起こしてみることだ。
行動を起こすようになった
おそらく、失敗して恥ずかしいという気持ちが薄れたんだと思う。
行動を起こしてみて、その結果どうなるか。
こう行動したら、こんな良いことがあった
こう行動したら、うまくいかないことが分かった
どっちの結果も学びになる。
逆に行動しなければ、行動しない理由を探す習慣がつくだけで、
特にメリットがない。
僕が失敗から得たものは、「行動を起こすことは、成功しても失敗しても学びになると知ったこと」だ。
僕が失敗から得たもの
失敗からこそ学びがあると知ってからは、考え方が変わった。
失敗から学んで、どうすればうまくいくか試行錯誤するのはとてもおもしろい。
失敗を非難してくる人もいる。でもその人達は自分が失敗をとても恐れている人たちだ。
「事業を失敗して、どうするの?」と嘲笑ってくる人もいた。
でも蓋を開けてみれば、立ち直り期間を経て「次はこれをしてみたい!」と挑んだ就職活動では、4社中3社受かった。
失敗をどう見るかによって、周りの見方も変わる。
また失敗を批判ばかりしてくる人と付き合うのはお互い不幸で、
失敗を評価してくれる人が必ずいると信じて進むのが良い。
失敗した経験やそれで得た嫌な気持ち、恥ずかしさ、屈辱、絶望。
それは見方を変えることで、活かせるチャンスは必ずある。
だからいまの状況を過度に悲観する必要はない。
「この失敗体験をどうやってバネにできるかな?」と試行錯誤しながら、
淡々と日々過ごしていくと、道は必ず拓ける。
その拓けるまでのプロセスに価値があるし、それが褒美みたいなもので、
世間が憧れるチヤホヤされるような贅沢な体験のようなものは、
実はオマケくらいのものでしかない。
それに気づいたのは、とても大きかった。
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